レキオです。
しょっちんさんの発表、藤原新也、楽しみにしていました。
私は長い間、彼の表現に惹かれてきたからです。
しょっちんさんは、その藤原の表現の底に流れ続ける「死」の問題を取り上げました。たいへん重いテーマをなんとか軽く扱えないかと、しょっちんさんは努力していました。
今回の発表に触発されるように、メンバーはそれぞれにとっての「死」やその形について話し始めていました。だれにとっても避けられない「死」。これを正面からどのように取り上げるのか。
そのヒントは、じつは藤原新也の『メメント・モリ』の中にあるのではないかと思っています。というも、レキオは、そのために藤原新也の表現にこだわり続けているように思えるからです。
しょっちんさんが、調査演習という科目に向けて、このテーマに立ち向かっていくのか。楽しみにしています。
2009年11月26日木曜日
しほです
先週のを書き忘れていたのでまず先週分を。
感想をありがとうございました。
授業中にみんなの感想に胸いっぱいになっていたのでさらにおなかいっぱいです。
自分にわかればいい文章というのがスタイルで、それを説明しようとしたら自分の思ったことを書いた文章なのに、自分は何が言いたかったのかわからなくなって、ものすごく苦しかった。苦しまなくてはいけないのかぁ…と思いました。
今日のしょっちんの発表について
死はなんで重いんかな 深いんかな
絶対死ぬのに
藤原新也さんはきっと「どれだけ重いか」を感じたいんじゃないのだろうな
と思いました。
死(”死ぬこと”ではなく)を避ける文化に私たちはいて死は汚いものとおもってる。
そいうことを考えたのは養老さんの「死の壁」を読んでから。読んでみてほしい。
おばあちゃんが死んだとき、周りの人と同じように悲しみたくないと思った。よくわからない気持ちなのに、”悲しい”でひとくくりされるのがいやだった。死は自然なことなのに、ひとくくりにはできないのが本音。よくわからない。
こう思いたいのに、根が思ってない。だから矛盾がいっぱい。そんな感じです。
感想をありがとうございました。
授業中にみんなの感想に胸いっぱいになっていたのでさらにおなかいっぱいです。
自分にわかればいい文章というのがスタイルで、それを説明しようとしたら自分の思ったことを書いた文章なのに、自分は何が言いたかったのかわからなくなって、ものすごく苦しかった。苦しまなくてはいけないのかぁ…と思いました。
今日のしょっちんの発表について
死はなんで重いんかな 深いんかな
絶対死ぬのに
藤原新也さんはきっと「どれだけ重いか」を感じたいんじゃないのだろうな
と思いました。
死(”死ぬこと”ではなく)を避ける文化に私たちはいて死は汚いものとおもってる。
そいうことを考えたのは養老さんの「死の壁」を読んでから。読んでみてほしい。
おばあちゃんが死んだとき、周りの人と同じように悲しみたくないと思った。よくわからない気持ちなのに、”悲しい”でひとくくりされるのがいやだった。死は自然なことなのに、ひとくくりにはできないのが本音。よくわからない。
こう思いたいのに、根が思ってない。だから矛盾がいっぱい。そんな感じです。
2009年11月24日火曜日
2009年11月23日月曜日
2009年11月21日土曜日
2009年11月11日水曜日
エイサーと、ムダンについて
レキオです。
沖縄から帰って、風邪をひいてしまいました。楽しみにしていた音楽祭も聴くことができず、とても残念でした。
さて、発表2週分の感想です。
mikiさんのエイサーについての発表は、彼女のこだわりが現れていました。とにかく、派手になっていく一方のエイサーで、それも一方で楽しくて良いのですが、mikiさんは、もっと原型的なエイサーにこだわっています。
エイサーの歴史性ということを考えたとき、そのことはとても重要だと思います。地元なのですから、ぜひ、そこに足を運んで、エイサーにこだわる人たちからいろいろとお話を聞いていただければ、と思います。
jinさんのお話は、韓国のムダンについてのものでした。
レキオも、少しは本で読んだことがあるのですが、今は、すごいですね。すぐに映像を見ることができます。そこには、なんとドイツ人(?)のムダンが登場していました。
jinさんからムダンの発表を聞けば聞くほど、沖縄のユタに似ていることを感じました。シャーマニズムはやはり、人類共通の文化なのですね。
でも、一方で、各文化に依存した側面を持つことも確かで、そのことも確認しながら、両者を見ていくと面白いと思いました。
ドイツ人のムダンは、そういう意味でとても興味深い事例だと思います。
来週は、しほさんからどんな表現が飛び出すか、とても楽しみです。
でわでわ。
沖縄から帰って、風邪をひいてしまいました。楽しみにしていた音楽祭も聴くことができず、とても残念でした。
さて、発表2週分の感想です。
mikiさんのエイサーについての発表は、彼女のこだわりが現れていました。とにかく、派手になっていく一方のエイサーで、それも一方で楽しくて良いのですが、mikiさんは、もっと原型的なエイサーにこだわっています。
エイサーの歴史性ということを考えたとき、そのことはとても重要だと思います。地元なのですから、ぜひ、そこに足を運んで、エイサーにこだわる人たちからいろいろとお話を聞いていただければ、と思います。
jinさんのお話は、韓国のムダンについてのものでした。
レキオも、少しは本で読んだことがあるのですが、今は、すごいですね。すぐに映像を見ることができます。そこには、なんとドイツ人(?)のムダンが登場していました。
jinさんからムダンの発表を聞けば聞くほど、沖縄のユタに似ていることを感じました。シャーマニズムはやはり、人類共通の文化なのですね。
でも、一方で、各文化に依存した側面を持つことも確かで、そのことも確認しながら、両者を見ていくと面白いと思いました。
ドイツ人のムダンは、そういう意味でとても興味深い事例だと思います。
来週は、しほさんからどんな表現が飛び出すか、とても楽しみです。
でわでわ。
2009年11月7日土曜日
2009年11月6日金曜日
11月19日発表について
しほです。
論卒製は”自分のために”
楽しくないとだめで、重たいようではだめ
でもきっと苦しくもなってくるだろうし
重たくもなってくる
そういうものなのだろうなと思います。
毎日毎日いろいろ感じると
どんどんどんどんたまってくるそれを
あるときはバーチャルイリュージョンさせるけど、そうじゃないときは
出す場所があるから私は大丈夫なのだと思います。
その出したものをもってきます。
ことばになって出てきてくれたものを発表しようと思います。
論卒製は”自分のために”
楽しくないとだめで、重たいようではだめ
でもきっと苦しくもなってくるだろうし
重たくもなってくる
そういうものなのだろうなと思います。
毎日毎日いろいろ感じると
どんどんどんどんたまってくるそれを
あるときはバーチャルイリュージョンさせるけど、そうじゃないときは
出す場所があるから私は大丈夫なのだと思います。
その出したものをもってきます。
ことばになって出てきてくれたものを発表しようと思います。
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