レキオです。
いやー、久しぶりに文章を朗読させていただきました。それほど、機会があるわけではないのだけれど、朗読はいいです。
私が朗読の楽しさにあらためて気付いたのは、自分の子どもが産まれてからでした。少し大きくなった子どもに絵本を読み聞かせていたときでした。子どもにせがまれ、あるいは、こちらから進んで、昔話や、絵本を読み聞かせていたとき、なにかとても幸福な気持ちにとらわれたことがありました。
今回、emiiさんの企みで、久しぶりに朗読をしましたが、とてみも楽しかったです。
まず、朗読する文章を選ぶのが楽しかった。そして、それを聞いてくれる人が居るところで朗読するのは、さらに楽しかった。選んだのが、他人の表現でも、これを選んだ時点で、それは自らの表現へと変わるのだと私は思います。
私が選んだのは、福永武彦という人の『愛の試み』という小さな文庫本の冒頭でした。その最初の一節は「孤独」という文章で始まります。「人は孤独のうちに生れてくる。恐らくは孤独のうちに死ぬだろう。……」「愛の試み」というタイトルのエッセイがこの項目で始まることの意味をかみしめながら、この文章を読んでいた時期がありました。今回、これを選んで、そのことを思い出していました。
ゼミのメンバーそれぞれの朗読も、皆の生きることと深く関わった、興味深いものでした。それを活字ではなく、各の「声」で聞くというのは、最高でした。
emiiさんは、朗読を卒業制作にするといいます。彼女の朗読のとらえ方は、とても理にかなっていて、納得させられます。 これがどういう形で実を結ぶのか、楽しみにして待ちたいと思います。
本日は、今年最後のゼミでした。
みなさんがあらたに迎える一年が、素晴らしい年でありますように。
2009年12月17日木曜日
久しぶりの山田詠美
レキオです。
ここのところ、少し忙しく、発表へのコメントが遅れました。
まず、ちゃこさんの発表です。
山田詠美、久しぶりに読ませてもらいました。彼女の作品は、いじめの問題をテーマとした『風葬の教室』以来です。今回『放課後の音符』をゆっくり読み直してみて、女性特有の感覚をとてもうまく表現しているな、と関心しました。おそらく、現在の日本を代表する(女性)作家であることは、間違いありません。
ちゃこさんが、女性として山田作品の女性的な表現に惹かれるというのは、わかる気がします。とくに女性を形容する言葉が、感覚的で、時によっては官能的ですらあります。それは、物語上のものではなく、読者が自分の姿に引きつけてもおかしくないほど、リアリティがあります。
男性の私から見てもそうなのですから、ちゃこさんから見てそうなのはむべなるべしです。
あと、ちゃこさんがこのような純文学系の作品に惹かれているというのも、意外でした。これからの勉強の進展が楽しみです。
ここのところ、少し忙しく、発表へのコメントが遅れました。
まず、ちゃこさんの発表です。
山田詠美、久しぶりに読ませてもらいました。彼女の作品は、いじめの問題をテーマとした『風葬の教室』以来です。今回『放課後の音符』をゆっくり読み直してみて、女性特有の感覚をとてもうまく表現しているな、と関心しました。おそらく、現在の日本を代表する(女性)作家であることは、間違いありません。
ちゃこさんが、女性として山田作品の女性的な表現に惹かれるというのは、わかる気がします。とくに女性を形容する言葉が、感覚的で、時によっては官能的ですらあります。それは、物語上のものではなく、読者が自分の姿に引きつけてもおかしくないほど、リアリティがあります。
男性の私から見てもそうなのですから、ちゃこさんから見てそうなのはむべなるべしです。
あと、ちゃこさんがこのような純文学系の作品に惹かれているというのも、意外でした。これからの勉強の進展が楽しみです。
2009年12月12日土曜日
2009年12月10日木曜日
2009年12月8日火曜日
前回・前々回の感想と今週やることについて
久しぶりにブログにアクセスした…
まず前々回の感想
生と死って、なんなんかなぁ…という所から、人間にとって死とは?
生き物にとって死とは?ってことをぼんやり考えた。
生きてる間、生物は死なないように呼吸をして、食べて寝て怪我を避けたりするんだろうけど、
生まれた瞬間にいつか死ぬことは決定事項なのに、どうして生きてる間は死を避けようとするんだろうか。
たとえ自殺を決めた人だって、その人の体は、死ぬまで死なない為に生命維持してるんだし。
一体いつから、死が人間社会の中で特別なことになったんだろう。
”自然”にとって死とはなんなんだろう。
と、思った。
前回の感想
山田詠美は昔(中学~高校くらい)にちょっとだけ読んだことがあって、わたしは丁度森絵都とか江國香織、梨木香歩をよく読んでた。
今改めて彼女の文章を読むと、昔よりも一層”女”を感じるようになった。
中学生や高校生の時より、今のわたしの方が女な筈なのに、なぜか今の方が山田詠美の”女”が強く感じられて、少し戸惑った。
本を読むことが逃避というのは、わたしにも分かる。逃避というか、体はその場に居るままで頭がその本の中の世界に旅をしてる感じ。知らない世界を見ることだと思っていたから、その感覚はすごく分かるなぁ、と思った。
そして今週やること
朗読をします。やってもらいます。
題材は詩でも、教科書の文章でも、絵本でも歌詞でもなんでも。
前回の授業で「朗読と音読は違う」と言ったけど、あまり気にしないで、とりあえず声を出してもらえれば良いな
わたしは「言葉」と「文字」と「声(音)」の関係について興味があるので、そういうことについて考えていきたいと思ってます。
まず前々回の感想
生と死って、なんなんかなぁ…という所から、人間にとって死とは?
生き物にとって死とは?ってことをぼんやり考えた。
生きてる間、生物は死なないように呼吸をして、食べて寝て怪我を避けたりするんだろうけど、
生まれた瞬間にいつか死ぬことは決定事項なのに、どうして生きてる間は死を避けようとするんだろうか。
たとえ自殺を決めた人だって、その人の体は、死ぬまで死なない為に生命維持してるんだし。
一体いつから、死が人間社会の中で特別なことになったんだろう。
”自然”にとって死とはなんなんだろう。
と、思った。
前回の感想
山田詠美は昔(中学~高校くらい)にちょっとだけ読んだことがあって、わたしは丁度森絵都とか江國香織、梨木香歩をよく読んでた。
今改めて彼女の文章を読むと、昔よりも一層”女”を感じるようになった。
中学生や高校生の時より、今のわたしの方が女な筈なのに、なぜか今の方が山田詠美の”女”が強く感じられて、少し戸惑った。
本を読むことが逃避というのは、わたしにも分かる。逃避というか、体はその場に居るままで頭がその本の中の世界に旅をしてる感じ。知らない世界を見ることだと思っていたから、その感覚はすごく分かるなぁ、と思った。
そして今週やること
朗読をします。やってもらいます。
題材は詩でも、教科書の文章でも、絵本でも歌詞でもなんでも。
前回の授業で「朗読と音読は違う」と言ったけど、あまり気にしないで、とりあえず声を出してもらえれば良いな
わたしは「言葉」と「文字」と「声(音)」の関係について興味があるので、そういうことについて考えていきたいと思ってます。
2009年12月3日木曜日
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